思い込みの人間力と観点固定

今日も訪問して下さいましてありがとうございます。

 

今日は私自身の経験から、親との関係でつくられた

人間力」のイメージについて書いてみたいと思います。

 

人間力」というとどのようなイメージをお持ちでしょうか。

どのような人を「人間力のある人」と思われるでしょうか。

 

幼いころに、親や学校でどんなことを言われていたでしょうか。

 

たとえば・・

 

・お友達とは仲良くするのよ。

・女の子だから、料理くらいできなきゃだめよ。

・人から好かれる人になりなさい。

・コツコツ努力することはいいことよ。

・宿題が終わってからでないとTVは見てはだめよ。

・学校は休んではいけないもの。

・・・

 

これらは私の実体験です。

親や、教師から言われていたことです。

 

みなさんはどんな言葉を親や教師から聞いていたでしょうか。

そして、どんなことを感じていたか記憶にありますか。

 

子供の時って、
大人のいうことが「絶対正しい」って思っていませんでしたか?

 

私は、違和感があったとしても、

「そうか、お母さんの言うことが正しいに決まっているから

それに従わなきゃ」って思っていました。

 

「大人のいうこと聞かないと怒られる」とか、

そうしないと「大人の機嫌が悪くなる」と思って、

自己防衛的に大人のいうことに従っている場合もありますよね。

 

幼い頃から親や教師とディスカッションをして、

自分の意見をはっきりと相手に伝えていた、という方は

日本では少ないと思います。

 

私は、親と会話をするにしても、

自分の思っていること、感じていることを

表現することはほとんどありませんでした。

 

なぜならば、私は、大人の言うことが「正しい」と思っていたから、

自分の考えを表現することを諦めていたからです。

 

そして親もまた、祖父母との関係性が、

私と親の場合と同じでした。

 

だから、

 

親の言うことに従う

怒られない、そしてたまに褒められる♪

成功体験として蓄積

 

結果的にこの繰り返しをしていたんです。

親も、何の悪気もなく、子供に良かれと思ってアドバイスする。

そして私も、無意識にそれに従う。

 

そうすることで、親から褒められたり、

失敗することも少なかったりして、成功体験を蓄積していきました。

 

そして、大人になって・・・

人間力とは何??」 という質問に出会ったとき、

私が無意識に感じていた答えが

 

「どんなときでも、ぐぐっとどれだけ我慢して、

 目の前で起きていることを平常心で受け入れて、受け流せるか」

 

これが人間力だと思っていたのです。

 

「うそ~?!」という声も聞こえそうですが・・これ本当です。

 

私は、「我慢できること=人間力」と思っていたのです。

 

でも、本当は誰もが、我慢なんてしたくないのではないでしょうか。

我慢なんてせずに、ありのままの自分を表現できたら

どんなに素晴らしいでしょう。

 

でも、私はそれができマセんでした・・なぜ??

 

それは親のせい?    いいえ、違います!

それは教師のせい? いいえ、違います!

それは自分のせい? もちろん、違います!

 

誰のせいでもなくて、「観点が固定されている」という、

人間共通の機能的限界があったからです。

 

つまり、どのように子供を導いていいか、

実は親もまた分からなかったんです。

 

親も祖父母も「観点固定の問題」を知らなかった。

その繰り返しだったのです。

 

人類はずーーーーーっと、「観点固定の問題」を

知らないまま子供を育ててきたのです。

 

試行錯誤しながら・・・。

 

もし、観点固定の問題を知っていたら、

もっと個性の花が開いたかもしれないし、

もっと社会が豊かになっていたかもしれません。 

 

 

観点固定の問題について、ご興味をお持ちになったら、

是非ご連絡ください。

 

vosara.icesara1@gmail.com

 

————————————————————————-

コメント

タイトルとURLをコピーしました